名前に込めた想いとカタチ 長男の「二分の一成人式」

「ぼくに、◯◯◯という名前をつけてくれてありがとう」

 

割と、淡々とみんなの前で両親へのメッセージを読んでいた長男。

特別なエピソードを感情豊かに読むわけでもなく、

「うん10歳の男子ってこんなんだよね、きっと」

っていう感じの文章で終わるのかなと思っていたら、最後にこれ。

 

同じクラスの中には

名前をつけてくれたことに感謝のメッセージを書いていた子がいなかったから

きっと彼が自分で考えて書いた言葉なんだろうなと思う。

 

素直に、そう思ってくれてありがとう。

(つけたのは私じゃなくて夫なんだけどね。笑)

 

 

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二分の一成人式。

賛否両論あるイベントだし、私自身はやってない。

(夫は、地方の習慣で同じようなものがあったらしい)

 

長男の通う学校は、どちらかといえば教育熱心な家庭が多くて、

どの子を見ても、私が通っていた小学校よりも勉強も運動も頑張ってるなあって感じがする。

それに、とても落ち着いているような気もするし。

 

二分の一成人式での作文を聞いていると、

「塾や習い事にたくさん行かせてくれてありがとう」とか

「将来はお医者さんになって、世界中を飛び回って、一人でも多くの人の命を助けたいです」とか

「勉強をいつも見てくれてありがとう。第一志望の学校へ合格します!」

みたいに10歳とは思えないようなしっかりとした言葉も多かった。

(もちろん、野球選手になる!とか卓球で金メダルとる!とかもあるのだけど)

 

もしかしたら大人が喜ぶような言葉を並べた子もいたかもしれないし、

先生がある程度お膳立てした面もあるかもしれない。

でも、それでも。

言葉の奥には、ちゃんとその子たちなりの考えがあるだろうし

教えられた言葉によって気づくことのできた想いだってあるのだろうなと思う。

 

絶対いいよとも思わないし、あってもなくてもいいかもしれない。

でも、想いを伝える言葉や場の作り方を知ることとか、これまでを振り返るという機会。

きっとね、得られることはあるんだろうなというのが

私なりの二分の一成人式への感想。

 

そんな中でうちの長男は、うん、10歳の男子らしいなという感じだった。

ご飯を作ってくれてありがとう、とか

遊びに連れて行ってくれてありがとう、とか。

 

ついついドラマチックな文章にしがちで、

ませたことを書こうとしていた10歳の頃の私と比べたら

なんともかわいいもんだなあと。

 

そう思っていたところに冒頭の

「ぼくに、◯◯◯という名前をつけてくれてありがとう」

が来たわけです。

もう、一本取られたなあという感じ。

 

背伸びするでもなく、自分なりのペースで

どちらかといえばきっとのんびりな長男に

実はやきもきするところもあるのだけど

あ、この子はこの子で、きっと素直に育ってくれているのかなあと

少しほっとする言葉をもらいました。

 


 

長男の名前に使っているのは「宗」という字。

(中心となるもの、主となる考え。という意味があるそう)

 

「自分の考えをしっかりもって、まっすぐ育ってほしい。」

そんな気持ちをこめてつけた名前。

 

長男、10歳。

気がつくと、親の想いをそのまんまじゃなくて、

本人なりの解釈で形にしていってる。

 

ここから二十歳までの10年。

きっともっと、早いだろうな。

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